きみとぼくのさよなら

小倉隆史
僕達より4歳年上の少し古いタイプの万能型FWだ。
身長は大型FWと何とか呼べるくらいには高い。
どうにもジミー大西似の顔はかわいそう。
あと、魔法の左足を持っていた。


僕らはオグって呼んだ。
もしくはレフティーモンスター
その名前を聞くと僕らはきっと少しだけ切なくなる。
時々ふと思い出したように話題になった。


「そういや、今どこいるんだっけ」


オレは忘れてないんだぜ、という同情のようななにか。
キャリアの後半、彼は僕のようなゆるいサッカーファンの視界から消える。
たまに、ごくたまに、ダイジェストシーンでその姿を見たりする。
テレビの中の荒れたグラウンドの彼はどこまでも切なく写った。


よかったころなんて本当にあったのかな。


四中工対帝京。
オランダ2部得点王。
始まったばかりのJリーグで最も期待の若手。
絶頂期のヴェルディの右サイドをクライフターンですり抜ける。
フランスとの親善試合、やられっぱなしの中での唯一のゴール。
パパンもびっくり。


ああ、あった。


でも全てはマレーシアで倒れこんだ姿が全てを塗りつぶしてしまう。
あれだけ悔しそうに見える絵を僕は他に知らない。
あれを想像するととなぜかスラムダンクを思い出す。
三井あたりのイメージか。


復帰した後のグランパスでの活躍。
千葉、東京、札幌での日常。
甲府での奮闘。


でも、これはオグじゃない。
ほんとうのオグはこんなんじゃない。
あんまりな不幸な出来事の連続は、妄想を膨らませて「ほんとうのオグ」をものすごいことにしてしまった。
迷惑な話だ。


でも、「もし彼が怪我しなかったら」とかは思わない。
城や前園や柳沢や高原の変わりに、とかも思わない。
監督になってがんばって、とかも思わない。
たぶんケガをした彼が好きだったのだろう。
それはカート・コバーンアイルトン・セナ松田優作を想う気持ちに少しだけ似ている。
悪趣味な話だ。


でも、もうおしまい。
引退した小倉をテレビで見かける。
普通だ。
普通にジミー大西似だ。
笑ってる。


たぶん、彼はけっこう才能があったけど、かなりの不幸に見舞われた、よくいるフツーの天才だ。
磯貝、石塚、前園みたいなもんだ。
まぁ、だいぶ違うけど結果としたらそんなようなもんだ。


でも、いつか雑誌でよんだ記事が思い出す。


「体が資本のプロが怪我するのは選手自身の責任。
ただ、小倉だけは違う。
彼ほどサッカーが好きで努力している人間になんでこんな不幸が・・・」


そう思わせるなにかがやっぱりあったのかな。


まぁ、どっちにしたって引退した小倉なんかには用はないんだ。
僕の妄想の中の彼は今頃オランダの二部リーグと契約を結んでいる。
また日の当たらない場所でケガの再発に怯えながらサッカーを続けるのだ。
最終的には歩けなくなるまで続けるのだ。





2009年、オランダ、アムステルダム
錆付いたフェンスに荒れたグラウンド。
夕暮れの中でアウェイゲームに帯同できなかった選手たちが練習を続けている。


「オマエの左足じゃあもう20分だって走れない」


引退しろ、と言外に強く刻みながら、フィジカルトレーナーは感情を排して言い切った。
その言葉がまるで聞こえていないかのように、小倉隆史はグラウンドを見つめていた。
落ちかけた太陽に目を細めながら、とても愛しいものを見るように。


「走れないくらいでやめられるなら・・・良かったんですけどね」


それだけ言って、左足を少しだけ引き摺りながら、彼は夕日の中の影法師のひとつになる。
太陽はもう昇らない。
ずっと前から彼のためには昇ったことはない。
それでも、ずっと、彼はそうしてきた。
これからも、ずっと、彼はそうしていく。
希望はなく、絶望を越え、最後に残ったのは純粋な渇望。
走れなくなるまで。
歩けなくなるまで。





・・・。
さよなら現実の小倉隆史
タレントにだけはならない方がいい。
しつこいけれどきっとみんなジミーちゃんを思い出してしまうから。


それと、なんか、ありがとう。
いろいろ、たくさん、ありがとう。
お疲れさま。